岩槻区金重

金重公会堂 岩槻区金重66

 


観音堂の墓地の前の道を東に向かうとT字路に突き当たる。左に折れてすぐまた右に細い道を入ると、その先に金重公会堂があり、その敷地内の墓地は旧薬師堂の墓地になる。


中央付近入口近く、手前の六地蔵に続いて地蔵菩薩立像、各種供養塔、さらに一番奥には古びた丸彫りの六地蔵が並んでいた。


舟形光背型の六地蔵菩薩立像 安永4(1775)光背には白カビが目立つ。


中央の二体の足下に銘が刻まれていた。右に造立年月日。左は願主とあり、続けて金重村、本宿村、掛新田、掛ヶ村、長左エ門新田、江川村、最後に檀中と刻まれている。


六地蔵の奥 地蔵菩薩立像 寛文6(1666)光背上部 梵字「ア」光背右脇に権大僧都法印全海大徳。左に造立年月日。住職の墓石のようだ。



その隣 千座護摩供養塔 延享3(1746)蓮台の上に乗っているのは不動明王坐像の残欠と思われる。


正面中央「千座護摩供養」両脇に造立年月日。左側面に願主は真蔵院の僧名。


右側面には江川新田、掛新田、本宿村、懸ヶ村、金重村と刻まれていた。


墓地の一番奥、緑に囲まれた地蔵菩薩立像。詳細は不明。


丸彫りの延命地蔵は大きな損傷も見られず澄ました顔をして立っている。像の背面、台の各面に、見える範囲では銘が確認できなかった。冬になって周りの緑が無くなる頃もう一度見てみたい。

岩槻金重団地北路傍 岩槻区金重66


金重公会堂から南に行くと幼稚園のところで変則的な五差路になっている。ここから南へ50mほど、左手の住宅の前に小堂があった。


小堂の中 庚申塔 延享3(1746)正面中央 梵字「ウン」の下「奉造立庚申供養」上部両脇に造立年月日。右下に武州埼玉郡岩槻領金重村、左下に二名の名前が刻まれている。

金重内掛飛び地住宅前 岩槻区金重249北


幼稚園のある変則五差路を西のほうに入ってゆくと突き当りの住宅の庭に石塔が立っていた。ここは金重の中にある掛の飛び地で住所は掛になるが、今回は金重の石仏として一緒に取り扱うことにした。


馬頭観音塔  大正7(1918)塔の正面上部、彫り窪めた中に合掌した地蔵菩薩坐像を浮き彫り。その下に「馬頭觀世音」馬頭観音塔に地蔵菩薩像というのは初めて見た。相当珍しいと思う。


塔の左側面に造立年月日。脇に金重とあり個人名が刻まれている。ここが飛び地になったいきさつはわからないが、やはりこれは金重の石仏なのだろう。