片柳の石仏

三国コカ・コーラ前 見沼区片柳 [地図]

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県道214号線根木輪バス停付近、三国コカ・コーラ前に三基の庚申塔が並ぶ。
板碑型、笠付角柱型、舟形光背型と三種類が揃って見られるのも楽しい。

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庚申塔 寛文元年(1661)もっとも古い庚申塔のひとつだ。下部に三猿、二鶏。
比較的大ぶりな二鶏の下、片柳村とあり、9人の名前が刻まれていた。

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庚申塔 正徳元年(1711)青面金剛立像合掌型六臂。邪鬼はM字型、上左手ショケラ
右側面に大きく庚申満願塔、小さく片柳村と刻まれている。三猿の下の正面には
法輪と卍、両脇にはそれぞれ施主 敬白とある。

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庚申塔 元禄8(1695)青面金剛立像 合掌型六臂。こちらもM字型の邪鬼と上左手に
ショケラを持つ。三猿の下、多くの名前が刻まれていた。

常泉寺入口路傍 見沼区片柳 [地図]

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三国コカコーラと染谷新道交差点の真ん中あたりで北西に向かう路地を
100mほど進み右に折れると常泉寺の山門が見えてくる。この道の右側
路傍に庚申塔が立っていた。塔は常泉寺のほうを向いている。

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庚申塔 文化7(1810)青面金剛立像 剣ショケラ持ち六臂。堂々とした庚申塔。

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古代ギリシャの彫刻を思わせるほど美しい。細部まで丁寧な彫りが素晴らしい。
青面金剛はちょっと右に視線を向けている。左手のショケラもリアルだ。

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腹部を踏みつけられてその足にすがる邪鬼。頭を踏まれ身動きもできない邪鬼。
両隣には二鶏が彫られている。

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はっぴを着た三猿も面白く表現されている。惜しむらくはこれだけの芸術品が
野ざらしのままとは・・・保護する方法はないのだろうか?

染谷新道交差点脇 見沼区片柳 [地図]

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染谷新道交差点の西脇、県道214号線北側沿いに二基石塔が並んでいた。
庚申塔 明和8(1771)青面金剛立像 剣ショケラ持ち六臂。右側面には
年号に続いて願主 片柳村とありその下に27人の名前が刻まれている。

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納経回国供養塔 天保6(1835)特に正面の風化がひどい。薄い彫りの中かろうじて
奉納大乗妙典日本廻國諸願成就と読める。

大宮聖苑南切通し 見沼区片柳 [地図]

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染谷新道交差点で北に入り100mほど先を右に曲がると左に大宮聖苑がある。
この南側の切通しの脇に庚申塔が立っていた。すごいロケーションだ。

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雨除けの下、庚申塔 文化7(1810)これを探すのは結構大変だった。

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青面金剛立像 剣ショケラ持ち六臂。それぞれの手、胸の筋肉、衣服など
実に細かく表現されている。

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こちらの邪鬼も非凡だ。右の邪鬼は臀部を踏まれているし二匹とも苦しそう。

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この三猿の自由さ、動きのある表現も驚く。はっぴを着た猿が踊っている。
聞か猿は後ろ向きで頭が反り返っているように見える。

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三猿の彫られている台の裏側、林道町 石工武兵エと刻まれている。また右側面に
施主名が刻まれているが、この石工と施主は常泉寺入口路傍の庚申塔の台にも
名前を刻まれていた。共に文化7年の銘があり、二つは兄弟塔と言える。二基とも
今のような環境の下に置かれているのは大変もったいないことだと思う。もしも
二基を並べて鑑賞できたら・・・林道町は岩槻の町でいわゆる岩槻石工の作品。

西山通り南台バス停付近路傍 見沼区片柳 [地図]

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緑区三室から芝川を越えて北へ向かう西山通りの南台バス停のすぐ北、ブロックに
囲まれて庚申塔が立っていた。

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庚申塔 明和2(1765)青面金剛立像 右手には鈴、左手にショケラ持ち六臂。

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左方童子 明和7(1770)南無左方童子と刻まれている。香炉を持つ。講中20人

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右方童子 明和7(1770)南無右方童子。左と対である。経典を持つ。講中20人


西山通り路傍 見沼区片柳 [地図]

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上の庚申塔から北へ50mほど西側の路傍、畑の中に庚申塔が立っていた。

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庚申塔 青面金剛立像 合掌型六臂。下部に三猿。真っ白になってまさに野仏。

糀谷阿弥陀堂 見沼区片柳 [地図]

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西山通りの南台バス停のところで東に向かう道に入る。200mほど進み左に
曲がり少し登って行くと左手に墓地が有る。堂の前に石塔が並んでいる。
六地蔵も見えるが不揃いのようだ。

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六地蔵の一番右の一基。元文2(1737)光背左に念佛講中と刻まれていた。

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六地蔵の裏、正面に三界万霊と彫られた角柱の石塔が立っていた。左側面に
天明元年(1781)の文字が見えている。右側面には足立郡片柳村糀谷 施主
俗名 定八と刻まれている。

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石塔の裏に回ると奉納大乗妙典六十六部日本回國供養塔と彫られていた。
右下脇には相州小田原領酒匂村と刻まれている。どういうことなのだろう?

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六地蔵の向 地蔵菩薩立像 享保9(1714)奉造立地蔵菩薩、片柳村講中22人とあった。

大宮共立病院西路傍 見沼区片柳 [地図]

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県道214号線、見沼くらしっく館の南、大宮共立病院の西の道を南に入り
すぐ細い道を右に折れる。しばらく行くと右手に小堂があり、中に庚申塔が
祀られていた。堂には猿田彦大神と書かれた額が掲げられている。

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庚申塔 寛政10(1798)青面金剛立像 六臂。その腕には蛇が絡み付いている。
右手に剣、左手に合掌したショケラ。両足の間には虎の頭、その上に竜の姿が
見えている。大きな笠の正面には瑞雲、日、月も彫られていた。

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二匹の邪鬼の下に二鶏を配し、台には三猿が彫られている。手の込んだ庚申塔だ。

根木輪公民館 見沼区片柳 [地図]

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大宮共立病院の西の道をさらに南に進むと左手に根木輪公民館が見えてくる。
その北側には多くの石仏が並んでいた。

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左から阿弥陀如来坐像 寛政9(1797)雨除けの下、蓮台の上に座っている。

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下の台には奉納 坂東・西國・秩父 供養塔と彫られていた。

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地蔵菩薩立像 明和4(1767)大きな字で願主 片柳村と彫られている。

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馬頭観音立像 寛延2(1749)慈悲相八臂 側面に念佛講中 三十六人と刻まれていた。

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地蔵菩薩立像 明和6(1768)光背右に奉造立地蔵大菩薩 片柳村 念佛講中とある。

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馬頭観音立像 明和4(1766)個人の供養の為のものらしい。

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如意輪観音坐像 文化12(1815)二臂。施主 片柳村。

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地蔵菩薩立像 文化2(1805)光背右には三界萬霊 念佛講中と刻まれている。

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馬頭観音立像 天明2(1782)忿怒相二臂 奉造立馬頭観世音 施主 秋本氏とある。

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次も馬頭観音立像 天明8(1788)忿怒相二臂 上と同じく秋本氏のものらしい。

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二つ墓石が続きその隣 普門品供養塔 文政元年(1818)側面に講中二十四人とある。

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最後は馬頭観音塔 文政年間 見えているのは上半分だけで詳細はわからなかった。

万年寺 見沼区片柳 [地図]

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県道214線の三崎台バス停付近で大宮共立病院の東を南に向かう道に入り500m程
万年寺の山門の前の植え込みの中に石塔が立っていた。

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百ヶ所観音供養塔 天保13(1842)中央に奉拝礼秩父・西國・坂東供養塔とある。
上部に彫られているのは准胝観音坐像 六臂。

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山門を入って本堂の左の茂みの中に庚申塔が立っているのが見える。

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庚申塔 天明7(1787))青面金剛立像 六臂 右手に剣 左手にショケラを持つ。
一邪鬼三猿のスタンダードな構図である。

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その向かい側、墓地の前に立派な笠付の庚申塔天保12(1841)が立っていた。
塔の側面に足立郡見沼領片柳村とあり台には三猿が彫られている。さらに
その側面に講中46人の名前が刻まれていた。

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青面金剛立像 六臂 頭部中央にはドクロが見える。細かい彫りだ。

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腰には虎の頭、その上に竜がいて、左手で合掌したショケラを持っている。
弓などを持つ手の指一本一本まで丁寧な仕事がされていてその細密さは
感動ものだ。

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足元には二匹の邪鬼。見沼区に入ってからはこのような狛犬に似た容貌の邪鬼を
多く見かけるようになった。地域的な特色だろうか。

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三猿も当然非凡な構図だ。この地域では行儀よく並んで座っている三猿のほうが
少数派かもしれない。なにかを指さしている言わ猿、片耳だけ塞いだ聞か猿、
寝そべっている見猿、自由奔放な猿たち。このあたりが石工の腕の見せどころか。