桜区中島

 

国道17号線歩道橋東路傍 桜区中島3-12[地図]


中島小学校の北側を通る道をまっすぐ西に進むと新大宮バイパスに突き当たる。その少し手前の交差点の角に小堂が立っていた。


庚申塔 享和元年(1801)四角い台の上、角柱型の石塔の正面 日月雲 青面金剛立像 合掌型六臂。


頭上に蛇がとぐろを巻く。風化のために顔の細部ははっきりしない。持物は矛・法輪・弓・矢。


足を折り曲げて邪鬼がうずくまる。両手を前に出して体を支え、正面を振り向いた顔はなんだか恨めしそうに見える。下の台の正面にしっかりとした聞か猿を浮き彫り。一猿か?



塔の左側面に造立年月日。資料では享保2年とされていたが、改めてライトを頼りに確認してみると「享和元年」だった。その奥に女人講中。さらに世話人とあり三人の名前が刻まれているが、こちらはいずれも男性の名前である。


塔の右側面、武州足立郡與野領中嶌村。こちらも彫りが薄く読み取りに苦労する。


台の右側面に見猿が彫られていた。台の左側面は狭く写真は撮れないが言わ猿が彫られていて、台の三面を合わせて三猿がそろう。

萬行寺 桜区中島4-7-10[地図]


バイパスの歩道橋を渡って、すぐ北を左に進むと萬行寺の入り口に出る。


入口左側の小堂の中 舟形光背型の六地蔵菩薩立像。紀年銘など見当たらず詳細は不明。


本堂の右側、ブロック塀の前に小堂が立っていた。以前来たときはなかったのだが・・・


小堂の中 庚申搭 。舟形光背の中央に「庚申塔」下部両脇に鈴。邪鬼・三猿の代わりに鈴?この珍しい庚申塔は以前はバイパスの東、中島小学校の西の路傍にあったものだ。いつの間にか無くなっていて、行方不明とあきらめていたのだが、こちらに移動、保護されていてホッとした。

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(中島小学校西路傍 2014年7月3日の記事より)


塔の右側面に造立年月日。一部が大きく剥落、文化□年五月吉日とあり、1804年から1818年の間に造立されたものとわかる。


左側面、願主は個人の名前が刻まれていた。


入口の左脇、ブロック塀の外に七基の馬頭観音塔が並んでいる。村の辻々にあったものが集められたのだろう。


右端 馬頭観音塔 文政9(1826)舟形光背に忿怒相二臂の馬頭観音坐像を浮き彫り。塔の右側面に願主、個人名。


2番目 馬頭観音塔 文政3(1820)舟形光背に忿怒相二臂の馬頭観音坐像。右端の馬頭観音塔と同じデザイン。同じ石工さんの作品だろう。こちらは左側面に願主名が刻まれていた。


3番目 馬頭観音塔 天明8(1788)舟形光背に忿怒相二臂の馬頭観音坐像。像は溶けだし不明瞭だが、頭上の馬頭もそれらしく、不思議な凄みがある。光背は一部剥落、銘も読みにくい。光背右脇に「馬頭觀□□」左脇に薄く造立年月日。


4番目 馬頭観音塔 安政4(1857)駒型の石塔の正面、梵字「カン」の下に「馬頭觀世音」こちらも剥落があり、銘は不完全。右側面に造立年月日。左側面に願主、個人名。


5番目 馬頭観音塔 安政3(1856)駒型の石塔の正面「馬頭觀世音」両脇の紀年銘は愛馬の命日だろう。塔の右側面に造立年月日。左側面に施主は個人名。


6番目 馬頭観音塔 明治2(1869)駒型の石塔の正面「馬頭觀世音」右側面に造立年月日。左側面 中島村 個人名。


左端 馬頭観音塔 文化9(1812)舟形光背に忿怒相二臂の馬頭観音立像を浮き彫り。怒髪の中に馬頭。顔はつぶれているが迫力がある。光背右脇に「観音經講中」左脇に造立年月日が刻まれていた。